chapterT 「Sweet」 な彼女 Prologue
『来たっ』 薄暗い照明に照らされた居酒屋の廊下。 萌はタバコの自販機の陰で、ある人物を待ち伏せしていた。 すぐ先にあるトイレから出てきた男性は、手を拭いたハンカチをズボンの後ろポケットにしまいながらこちらに向かって歩いてくる。 ぐっと握り締めた手に汗をかきながら、萌はそのタイミングをうかがっていた。 「あの……」 男性が自分の前を通り過ぎようかという瞬間、彼女は意を決して彼に声をかけた。 「……何か?」 その男性は立ち止まると、怪訝そうな顔で彼女を見下ろした。 そう、「見た」のではなく「見下ろした」がぴったりくるほど彼は背が高かった。標準よりも小さい萌からすると、彼は「見上げる」ほど大きい。 「あの……」 彼女は一瞬躊躇した。間近で見る彼の大きさや逞しさに、迷いが生じたからだ。 「君、今年ウチに入った新人さんだよね。どうかしたの?」 その体格からは想像できない優しい物言いに後押しされて、萌はついに自分が考えていたことを口にした。 「お、お願いがあります」 「お願い?」 頷く彼女に、男性は小さく首を傾げた。 「僕にできることだったらいいんだけど。話してみてくれる?」 「あ、はい。できます、多分。いえ……あなたなら絶対」 「どんなこと?」 「あの……」 再び言いよどんで俯いてしまった萌を覗き込むように屈む彼の、淡いブルーのカッターシャツに包まれた筋肉質な肩が、ちょうど彼女の目の前にきた。 シャツの上からでも分かる、引き締まった体を見た彼女は、それに抱き寄せられる自分を想像して思わず一人赤面する。 「どうかしたのかい?」 俯いた彼女と視線を合わせようとして、しゃがみ込んだ彼に見上げられた萌は、酔いの勢いに任せて遂に一世一代の「お願い」をした。 「お願いします。私の……『初めての相手』になってください!」 HOME |